久闊を叙する(きゅうかつをじょする)

久闊を叙する、筆者の好きな言葉のひとつですが、久闊の『闊』は広い、大きい、という意味や、間が遠い、という意味があります。『久』はひさしい、年月が長いといった意味ですので、『久闊』は間の遠いことがひさしく続いてしまう、つまり久しく連絡を取っていない、無沙汰をしている、といった意味になります。続く『叙する』ですが、『叙』には順序立ててのべる、の意味があり、『叙する』というと、述べたいことを文章で表現するという意として使われます。『久闊を叙する』とは、すなわち無沙汰をわびる、また久しぶりに友情を温めるという意味で使われますが、この言葉の背景を思い浮かべてみると、そこには久しく会えていない友達との連絡にも、手紙を書いておくるという手段が主だった方法であった時代が見えてきます。通信技術の発達により、距離や時間に関係なく、簡単に連絡を取り合うことができるようになりました。久しぶりというわけでもないので、ほんの短い一言であったり、写真や動画で伝えたいことを視覚的にパッと伝えたりと、コミュニケーションのあり方もまたずいぶんと変わってきたかと思います。
 
そんな時代ですから、何と言いますか、『久しぶり感』を感じることがもしかしたら少なくなっているかもしれません。けれども、そんな時代だからこそ、久しぶりに会うことで、自分たちも気がついていない、驚くほどの『久しぶり感』を感じることもまたあるかと思います。
 
人が人を本当に感じられる距離というものは、昔も今も結局変わってはいないのだなぁ、と感じることしばしばです。

 

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終活支援サイト『のこす記憶.com』がお届けする『のこす記憶.comコラム』では、日常生活の何気ない一コマから、のこし伝えていきたい記憶を不定期更新で綴ってまいります。

会社

会社ってそもそも何だろう、という疑問を持ったことはないでしょうか。投資をする人、経営をする人、勤める人、立場によって捉え方は全く違うかと思います。大多数の目から見る会社というと、平たく言ってしまえばいわゆるお勤め先、仕事をしにいってお給料をもらうところ、といったところでしょうか。

 
英語のCompany、元をたどるとラテン語でcom=接頭辞で『共に』を意味する『cum』、pan=パン、広義の食事、そしてy=接尾辞として集団や集合体を表す時に使われるもの、と分解でき、共にパンを分け合う人の集まり、と解釈されると言われています。集まって一緒に食事をしたり、共同で何かを成し遂げたりする人々の集まりというのがそもそものところの様ですが、漢字で書く会社、こちらは分解すると、『会』は『會』の略体であり、蓋のある鍋を表したもので、いろいろなものを集めて煮炊きする様子を表現したものとされ、『社』は起源につき諸説あるものの、古代中国において土地の神、またそれをまつる場所や集団を表すものと言われています。要するに人の集まりを表す文字を重ねて使い『會社』、『会社』とした和製漢語であるそうですが、人ひとりでは成しえないことでも、複数の人が集まることで成し遂げられる、その様なことを成し遂げる集まりをつくって事を成す、という考えが包含された言葉だと改めて感じることができるかと思います。
 
定義される会社は様々ですが、その大多数は、いわゆるビジネスで収益をあげる会社に分類されるでしょう。企業が、会社が存続していくためには成長を続けなければなりませんし、その過程で事業を再編したり、効率化を考えなければならなかったりすることは当然発生します。そしてその中で人件費をカットして、という経営判断が必要に迫られてなされる場合もまた多くあるかと思います。しかしながら、その行為で当面帳尻があった数字は、実際のところ『当面』帳尻があっているだけで、しかも将来的に活用することができたであろう貴重なリソースを失ってしまっている場合もまた多く見受けられるかと思います。もちろんケースバイケース、それぞれ異なる事情で、いずれのケースにおいても簡単に言えるものではありません。けれども、共にパンを分け合う仲間として集まった人々、集まることで何かを成し遂げようと共に動いてきた仲間、それが会社だとするならば、『人』が主体で企業活動というものをしている限り、そういった『人と人とのつながり』がもたらす力というものが、時に単純な足し算では計りえないものになってきたことが少なからずあったな、ということにも気を留めてみると、何か違ったものが見えてくることがあるかもしれません。
 
背中を預けられる環境がなければ、やがて組織として走り続けることもまた難しくなってきてしまうのではないかな、と感じることしばしばです。

 
 
会社

 

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写真がつたえる記憶

いくつかの調査によれば、スマートフォンに保存している写真の枚数は男女、年齢で差があるものの、平均では1,000~1,300枚以上にものぼるそうで、カメラのデジタル化、そして携帯電話に最初はプラスアルファの機能的についていたデジタルカメラ機能がどんどん高性能化し、カメラを日常的に持ち歩く、持ち歩けるようになったことで飛躍的に写真を撮る機会が増えていきました。さて撮るものはというと、友達や恋人、家族など人物メインのものが一番多く、次いで自然風景、それから料理と続く様ですが、撮ってシェアして、というもはや一連の流れともなっている行動が反映しているところもあるでしょうか。

 

記録装置でもあるカメラ、撮られた写真の多くは、人や景色、料理といった被写体がそのまま丸々構図の中に入っていて、何の写真であるのかが撮った本人以外の人、その場に居合わせていなかった人たちにもよく分かるものが多いかと思います。ただ、デジタル化で折角たくさんの写真を撮れるようになったのですから、記憶装置としてもカメラをもっともっと使ってみては、と思うのです。何気なく撮影した一枚、たまたまある瞬間の自分の視線の先にあったものをとらえた写真など、本人やその場に居合わせた人以外には、一体何の写真であるのか、もしかすると見当もつかないようなものもあるかもしれません。ですが、その一枚から甦ってくる、あぁ、そういえばこんな話をしたよな、あんな顔をしていたっけ、といった記憶にはじまり、味や喧噪、その場の音楽であったり、あるいは肌で感じた空気や風の心地など、そこには写っていなくても、そこに凝縮された記憶がたくさんの一枚、きっと誰しもスマートフォンの中に眠っているのではないでしょうか。

 

 

デジタル時代にたくさんの写真を撮ることができるようになり、ところが写真を撮ったはいいけれどなかなか整理が進まないという方が増えてきています。A.I.などのテクノロジーを使っての整理技術も実装レベルに達してきていますが、それでも記憶の一枚は機械判断もなかなか難しいのは変わりません。日々の忙しさに追われる中ででも、むしろそれだからこそ、少しゆっくり腰かけて、写真を眺めてみてください。自分だけの、記憶の一枚がきっと見つかるのではないでしょうか。

 

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黒電話

携帯電話の普及により、今では家には固定電話はない、というご家庭もめずらしくはなくなってきているかとも思いますが、かつてはどこのご家庭にもあった黒電話、指が懐かしさを覚えているよ、という方もたくさんいらっしゃるかと思います。

 

一口に黒電話といっても歴代いろいろありますが、いわゆる601形、601-P形と呼ばれるものが2002年までは生産が続いていた機種であり、新規設置も可能なものでした。1985年(昭和60年)の日本電信電話公社民営化(日本電信電話株式会社(NTT))と、それに続く第二電電株式会社(現 : KDDI)をはじめとする「新電電」の事業参入が可能となったことは、利用者に対して端末設備を1社が独占的にレンタル提供する形式を、技術基準適合認定をクリアしている端末であれば自由に選べる形へと変化させ、黒電話が徐々に姿を消していく大きなきっかけともなりました。

 

ダイヤルを回す黒電話だと、電話をかける相手の番号に0や9がいくつも入っている時、単純にダイヤルの戻り時間がかかることから、ダイヤルを回す時間もかかってしまい、急いでいる時などちょっともどかしく思うこともあれば、反対に1や2が多い番号だと妙に早く電話をかけることができたり、と、指や耳が覚えている懐かしい記憶のようなものを感じます。尤も、ダイヤルを回すということ自体、経験のない世代も増えてきていますが、こんなある種の機能的制限からくる時間の流れの緩やかさの様なものを、時にはのこしておく良さというものもあるのではないかな、とデジタル化の時代に敢えて思うことしばしばです。

 

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小学一年生 黄色い帽子

小学一年生の黄色い帽子、ご自身の子供の頃の記憶やお子さん、お孫さんの入学の記憶として懐かしく思い出される方も多いのではないでしょうか。いわゆる通学帽ですが、主に登下校に不慣れな一年生が、一般に交通安全色とされる黄色い帽子を着用するというもので、歴史的には産業災害や交通事故の増加を受け1960年(昭和35年)閣議了解により毎年7月1日を「国民安全の日」と制定されたことをきっかけに、黄色い帽子の着用が大きく広まったと言われています。

 

ただ、全国的に見ると地域や学校単位でも黄色い帽子の着用は区々で、小学校一先生の最初の時期だけというところもあれば、一年間というところ、またずっと黄色い帽子という学校もあれば学年毎に色分けをしたり、またそもそも気候や他さまざまな理由から、黄色い帽子は着用しないというところもあり、調べてみると一様ではない様子が見えてきます。

 

黄色い帽子を着用させない理由のひとつに、黄色い帽子をかぶっていることで小学一年生であることが一目でわかり、却って誘拐や性犯罪などに遭ってしまう危険性が高まるというものが近年現実的な問題としてあり、安全のためにパッと目立つ配慮をそのような理由で変えなければならない理不尽さは、しっかりとした社会の目を改めて育てていかなければならないという責任を感じさせられるものかと思います。

 

 

小学一先生の黄色い帽子、ひとつひとつの帽子に、ひとりひとり違った想い出や記憶がたくさん詰まっていると思います。それはおそらく特別でも何でもない毎日のことで、何でもないごく普通のことがたくさん詰まっているだけかもしれません。けれど、その何でもない普通のことを、いつかきっと何より懐かしく思うかもしれません。

 

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記憶と記録のすれ違い VRと介護

誰しも等しく歳を重ねていきますが、その過程で、ある程度は避けられない加齢による自然のものや、また様々な病気などにより、どうしてもだんだんと自分の記憶と記録とがかみ合わなくなってしまうことが増えてくるかと思います。何か得意なもののひとつやふたつは人間あるものですが、例えばその得意なことが出来た記憶は、時としてどうも強くのこり続ける様です。それが昔話の域を出て、昔取った杵柄で、さぁやってみようと取り掛かると、やってみたところ残念ながらその記録は、さてどうも記憶にあるものとはおよそかけ離れてしまったものに、などということはむしろ普通のことではないでしょうか。

 

加齢そのものや、それに伴ってかかりやすくなってしまう病気などにより、身体や心が以前の様ではなくなってしまうことは、やはり多かれ少なかれ仕方のないことだと言わざるをえないでしょう。昔できた記憶は、きっといつまでも、いやむしろ高齢になってから、時としてさらに鮮明になっていくものなのかもしれません。そしてその記憶は人それぞれ、様々あるものですが、それらを記憶のまま、記憶としてのこす工夫が、もっとできないものだろうか、と考えさせられます。美しい記憶を、楽しい記憶をそのままに再現できれば、という願いは共通のものだと思います。もちろん全てのことが再現できるわけではありませんし、そもそも再現するだけでは意味をなさないものの方が多いかもしれません。ですが、例えばVR技術のさらなる発達などにより、少なくともそうしたのこしたい、再現したい記憶の幾ばくかを、ふたたび体験、体感できる新しい記録としてよみがえらせることができるようになっていくのかもしれないですね。

 

自分ではできないから、周りの助けを得られないから、と諦めるのではなく、それなりに自分でできて、周りに無理なお願いをするのでもなく、であれば、介護する側、される側、それぞれにとっても有益なものではないでしょうか。

 

実際に旅行に行くのが難しくなってしまった高齢者の方が仮想旅行に出かけたり、あるいは介護事業者が、認知症や幻視というものを仮想体験したりすることで、介護される側の立場をすこしでも理解できる手助けとなるなど、少しずつ活用も始まっています。

 

近年、少し前までテスト段階であったようなテクノロジーが次々と実装レベルに達してきて、かつ改善も進んでいます。テクノロジーが支える、本当の意味での豊かな高齢化社会の到来は、人々がのこすべき記憶を伝えていく手助けともなることでしょう。

 

 

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出逢い 涙 笑顔 記憶の写真

もう一年かぁ、早いね、などという言葉がよく聞かれる季節になりました。今年初めての出逢いもあれば、毎年恒例の集い、本当に久しぶりの再会など、様々かと思います。出逢えば別れがありますが、最後に会った時、どんな顔をしていただろう、どんな顔がお互い記憶にのこっているだろう、どんな顔を記憶にのこせているだろう、と思い起こすことはありませんか?
涙があふれていたかもしれない、思いっきり笑っていたかもしれない、やさしく微笑んでいたかもしれない、切ない顔をしていたかもしれない、じっと見据えていたかもしれない、遠くを見ている横顔を見せていたかもしれない、俯いていたかもしれない、不安でたまらない顔をしていたかもしれない、振り返った背中が記憶にのこっているかもしれない…記憶にのこっている姿、記憶にのこせている姿は、きっと何気ない日常の中にも、たくさんあると思います。たとえ最後に会ったとき、どんな顔をしていたっけなぁ、と思い出せなくても、心の中には、ちゃんと記憶の写真がいくつもあるものだと思います。そこには、かわした言葉であったり、一緒に楽しんだ味であったり、触れ合った感触であったり、そんな様々がひとつになって、記憶の写真をつくりあげているのだと思うのです。

 

今年一年のいろいろな出逢いの中での記憶の写真、少しだけ心の中で整理してみてください。次に会えた時にも、もう再び会えなくなってしまった時にも、きっとそれらはのこしたい大切な一枚になっていると思います。

 

逢うことで増えていく一枚一枚、大切にしたいものです。

 

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『散骨のお申し込み』 受付開始のご案内

この度、のこす記憶ドットコム事務局では、新たに『散骨のお申し込み』受付を開始いたしました。

 

亡くなられた方のご遺骨-ご葬儀の後にはお墓へ、との思いとはうらはらに、様々なご事情から思う様なご供養ができない、亡くなられた方のお墓を用意することができなかった、あるいは故人のたっての希望もあり敢えてお墓を用意はしなかった、などのことから、ご遺骨をご自宅に安置されたままの方もいらっしゃるかと思います。

 

人は亡くなってから、再び大地に還ると昔から言われます。のこす記憶.comでは、そのようなご遺骨が大地に再び還ることができる様、散骨のお申し込みを承っております。

 

詳しくはこちらをご参照ください。

 

のこす記憶ドットコム 事務局

銭湯

町中で見かける銭湯のシンボル、煙突の姿。だんだんと見かけなくなってきている、既に懐かしい景色のひとつと言えるでしょうか。

 

厚生労働省の調査によれば、施設数でみても平成27年3月末現在の公衆浴場の営業許可施設数は26,221施設、そのうち、公営と私営の普通浴場を合計した、いわゆる一般公衆浴場(いわゆる普通の銭湯はこちらに該当します。)は4,293施設となり減少が続いているという状態です。

 

最たる理由に掲げられる内風呂の普及が急速に進んできたのは昭和三十年代で、浴室のある公団住宅の大量提供がそれに拍車をかけたのですが、昭和三十八年の住宅統計に関する調査によれば、普及率はおよそ6割、日々銭湯に行かなくても、自宅で入浴をすませることのできる家庭が増えた時代でした。

総務省『平成20年住宅統計調査』によれば、住宅の浴室保有率は実に95.5%にまで達しています。

 

6世紀の仏教渡来の際、沐浴の功徳を説き、汚れを洗うことが仏に仕える者の大切な仕事という考えに基づき寺院に設けられた『浴堂』が銭湯の起源とも言われますが、銭湯は世界でもめずらしい我が国の文化として、近年では外国人観光客の間でも人気が高まっています。

 

いわゆるタトゥー(入れ墨)問題では議論が分かれているところですが、2020年に向けてますます訪日外国人観光客が増えていくことが考えられます。そのような中、お互いの文化の違いを尊重しつつ、違いを教え合い、より多くの人に日本らしさを体験してもらう工夫や考え方が広まり、やがていろいろな形で世界のどこかに日本の記憶がのこされていくきっかけとなってくれれば、と思います。

 

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それぞれの「秋みつけ」 ハナミズキ

暑い日続きかと思ったらあっという間に寒くなり、と、一昔前とくらべるとだんだんと四季を感じにくくなってきてしまっているかと思います。地球温暖化や人々の暮らしの変化など、理由は様々かと思いますが、それでも、やはりこの季節はこの時期だけの味、この時期だけしか見られない景色などを求めての行楽シーズン、秋晴れの青い空がのぞけば、少しあたたかな装いでぶらりと出かけてみたくなる季節ではないでしょうか。

 

子供たちも「秋みつけ」というテーマでどんぐり拾いをしたり、自然豊かな公園などで写生大会があったりと、皆それぞれの視点で、季節を感じ、学ぶ大切な時期のひとつに数えられます。自然の時間の流れというものを肌で感じることから学ぶことは、やはり多いのではないでしょうか。

 

日々の忙しさにどうしても追われ、とてもそんな余裕は…という人は多いかと思いますが、少しだけ歩く速さをゆるめたり立ち止まったりして、目線を手元からちょっとだけ上げてみてください。子供のころ、見上げて秋を感じたものと同じ絵がそこにはひろがっているかもしれませんよ。

 

 

写真はハナミズキ。北アメリカ原産で、日本の街路樹としてはイチョウに次いでハナミズキが多いくらいと言われますが、秋には真っ赤な実をつけ、行き交う人々に秋を感じさせてくれます。

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