非常時こそ相手を尊重して

新型コロナウイルスの第2波が押し寄せてきそうですが、国民の健康を優先にしながらも、経済活動の再開・維持をしなければならない状況は、私たちひとりひとりの行動が大きな鍵になることを示しています。遊興は自粛すべきとの論調は強いですが、当然そこにも経済活動が関わってきます。かと言って以前のように振る舞いますと、あっという間に感染は広がることでしょう。感染防止をすることはもはや国民として必須のことです。しかし、防止策の取り方について言えば、個人で温度差があるのも確かです。たとえば外食をするということについて、防止策のされている店ならばどこでも大丈夫と思う人もいれば、そもそも外食は自粛すべきという人もいる。食事をともにする相手を気にしないという人もいれば、行動範囲の分かっている家族以外とは外食しないという人もいる。行政から明確な指針が出ていない以上、皆で感染防止の方向に向いているとはいえ、受け取り方や考え方が異なるのは当然です。慎重な人とそうでもない人、色々な人がいるわけです。 
 
それぞれ思うところはあるでしょう。しかし、それで揉めてしまったり、仲違いしてしまったりしては元も子もありません。何時も相手を尊重する心を持つこと、とりわけ非常時においては必要なことです。忍耐が求められる今ですが、常時の有難さを再確認しながら、感染防止に努めていきたいものです。

 

善福寺 住職 伊東 昌彦

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今月の法語

「心しづまりぬれば心眼をのづから開けぬ。水しづまりて影あらはるるが如し」
 

心は常にざわついています。自分の心なのですが、うまく制御できません。静めることができれば、大事なことが見えてきそうです。
 

出典:珍海已講述『菩提心集』

 

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コロナ禍で問われる本当の人と人とのつながり

皆様、こんにちは。新型コロナウイルスの猛威は収まる気配がありませんが、ウイルスは自分の足で歩きまわっているわけではありません。移動なんてほとんど出来ないことでしょう。移動の手伝いをしているのは、他でもない私たち人です。中国から広まり始めたウイルスは、今、全世界を席捲してしまっています。それだけ人と人とのつながりというものは、全世界的なものであると言えましょう。人は皆、やはりどこかでつながりを持って生きているということの証が、この災禍のなかで浮き彫りとなりました。出来ればこうした非常時ではなく、平時において感じることができれば幸いでした。しかし、非常時ではあっても私たちは、困窮している人がいれば行動を続けねばなりません。ウイルスが見せたこのつながりに、今度は私たちが幸せを彩っていきたいものです。

 

善福寺 住職 伊東 昌彦

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緊急事態宣言下の「経済」~経済という言葉が意味するもの~

皆様、こんにちは。緊急事態宣言が発出されておりますが、新型コロナウイルスの猛威が収束される気配はありません。政府は国民への支援を検討中のようですが、このまま経済停滞が続くようですと、それも雀の涙となるかもしれません。ワクチンが実際に使用可能となるまでには時間がかかるようですし、経済を少しでも活性化させるためには、私たちがそれぞれ自覚を持ってウイルスと対峙していく必要がありそうです。「経済」という言葉は「経世済民」を短縮したものと言われ、中国では4世紀頃の書物に同義の言葉が見られます。「世を経(おさ)め民を済う」という意味合いになり、英語のEconomyよりも社会的な側面が強いのが本来です。職業を通して社会奉仕をするということこそ、「経世済民」な行動だと言えましょう。

 

善福寺 住職 伊東 昌彦

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新型コロナウイルス感染拡大危険性の中で

皆様、新型コロナウイルス感染拡大の危険性が広がるなか、いかがお過ごしのことでしょうか。本当に危険なのか、どうも実感が湧かないという方もいらっしゃるかもしれません。自分の身の危険を感じないと、なかなか特別な行動に出ることができない、自分だけは大丈夫だろう、と思いがちな私たちです。行政からの情報発信も数字の羅列が多く行動指針にはなりづらく、なおかつ、インターネット上では様々な意見や噂話が蔓延しており、信ずべき情報が不明瞭なことも問題です。こうした世の中においては、正しい情報を選び取る知恵と知識、それから経験に基づく嗅覚が必要なのでしょう。日頃から教養を身につけようとする心構えと、先人やの言葉に耳を傾ける謙虚さがあれば、これらは自から習得できることです。真実かどうかを見分ける力を、今こそ身につけたいものです。
 

 

善福寺 住職 伊東 昌彦

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今月の法語

「もし機と教と時とそむけば、修しがたく入りがたし」
 

すぐれた教えであっても、人々(=機)と時代に合っていなければ役に立ちません。何であっても物事に適したやり方、考え方というものが大切なのです。
 

出典:道綽撰『安楽集』第一大門

 

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今月の法語

「ただ仏恩のふかきことをおもふて、人倫のあざけりをはぢず」
 

人から何を言われようとも、自分の信ずるところを進むことも生き方として正しいことでしょう。世間体が気になる私たちですが、真実を見る目を持ちたいものです。
 

出典:『教行信証』化身土巻

 

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Rockをもて仏教す Part9

ロックの歌詞から面白いなあと感じるところを切り取って、そこだけ勝手に仏教解釈をしてみます。今回はバンド名からして仏教的なNirvanaです。まさにグランジでありすごい人気ありましたが、私にはあまり来ませんでした。でもいくつか好きな曲ありまして、今回はBreedです。代表曲の1つでしょう。
 
Even if you have
Even if you need
I don’t mean to stare
We don’t have to breed
We could plant a house
We could build a tree
I don’t even care
We could have all three
She said
 
これは当時の奥さんだか彼女との間のことなのだと思うのですが、絵に描いたような幸せな家庭に対する複雑な思いが見て取れます。歌うカート・コバーンは幼い頃から厳しい家庭環境であったようです。子を産み家を建て、そこで皆で暮らすんだということに憧れながらも、現実としてそれに反発する思いなのでしょう。ロックは葛藤を心から叫ぶから響いてくるものなのだと再確認させられる曲です。
 
自分の心というものは、自分でありながらも簡単に流れを変えられるものではありません。流れと申しましたが、まさに仏教では心は川の流れ、とくに濁流のような絶え間のない激しさに譬えることがあります。本来の自分の思いすら掴むのが難しいのが心です。だから瞑想をして心を静め、本来の自分をまじまじと観察しようと修行をするわけです。ロックというのは、そういう濁流を前にしての苛立ちの表象とも言えるかもしれません。
 
ちなみにNirvanaとは涅槃のことで、サンスクリット語で煩悩の火が消された状態を意味します。煩悩とはすなわち迷いのことですので、上記のような迷いがなくなった状態がバンド名になっているわけです。バンド名と曲の内容には随分と乖離が見られますが、Nirvanaといは名には、安らかにありたいというカートの願いが込められているのかもしれません。そして、今はきっと安らかになっていることでしょう。
 
 
善福寺 住職 伊東 昌彦

 

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Rockをもて仏教す Part8

ロックの歌詞から面白いなあと感じるところを切り取って、そこだけ勝手に仏教解釈をしてみます。今回は2度目登場のRed Hot Chili Peppers、By the wayです。これは結構売れた曲だと思います。哀愁漂う感じが私の好みでもあります。
 
Standing in line
To see the show tonight
And there’s a light on
Heavy glow
By the way I tried to say
I’d be there, waiting for
Dani the girl
Is singing songs to me
Beneath the marquee, overload
 
Steak knife
Card shark
Con job
Boot cut
 
はじめに申し上げますと、はっきり言って良く分かりません。このバンドではいつものことなのですが、内輪ネタのほか、結構象徴的な部分が多くて難しいのです。ダニーという女性シンガーのショーを観に行く途中の自分、という状況です。ショーなのですが、自分のために歌ってくれるというのが仏教的にグッときますね。1対1なのです。
 
Steak knife以下、他の箇所でもこうした単語が羅列されますが、すべて悪の象徴として捉えてみました。それに対応するのがダニーであり、ダニーに会うために悪のなかから順番に並んでいるって感じでしょうか。想像力豊かにすると、地獄と極楽ですよね。自分は地獄にいるのですが、そこから抜け出したい。ダニーという仏の象徴に説法してもらいたい。
 
このあと、実は高速ではなく一般道で自分は行くという描写もあり、これもおそらく、なかなか地獄から抜け出せないという譬喩だと勝手に思います。あっちにダニーがいるってことは知っているけど、なかなか思うようにいかない葛藤も感じます。自分だって分かっているんだっていう弁明と同時に、でもこれがずっと続くかのような絶望も感じます。

 
 
善福寺 住職 伊東 昌彦

 

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今月の法語

「まさに住するところなくして、しかもその心を生ずべし」
 

誰かを思うことは執着することにもつながります。しかし本当に大切であるならば、見守ることもまた思いでありましょう。
 

出典:『金剛般若経』

 

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