宗の教え022 神仏習合で充実度アップ

日本の伝統宗教と聞いて、どのような風景を思い起こすでしょう。神社や寺院のひとコマでしょうか。神社は日本人としての歩みを神話時代から伝えますし、寺院は日本人の歩み方を教えてくれる存在とも言えます。言うまでもなく神社は神道であり、古代の自然崇拝から連なる神祇信仰(じんぎしんこう)が元になっています。寺院は仏教であり、インドから中国・朝鮮半島を経て六世紀には日本に伝わりました。そして、実はキリスト教も十六世紀には伝わりますので、紆余曲折あったものの、日本では四百年ほどの歴史があります。 
 
とは言いましても、宗教のなかに日本をイメージしやすいのは、やはり神社と寺院になりましょう。神社と寺院というものは、今でこそ別々の宗教団体として法律上は存在していますが、長い歴史のなかでは、ほぼ同体のように併存していた時期が短くありません。神社は神祇信仰から発展し、インドからの仏教のほか、中国の儒教や道教の影響も受けつつ、今のような形態になっています。起源となると太古の昔になるのでしょうが、神社として整ったのは、たとえば伊勢神宮でも五世紀頃ではないかと言われます。 
 
自然崇拝が元になっていますので、当然、日本の自然すべてが神さまです。社殿は寺院建築の影響とも言われますので、むしろ自然のすべてが神社であるとも言えるでしょう。八百万の神々と言われるように、たくさんの神さまがいらっしゃいます。一方、仏教にもたくさんの仏さまがいらっしゃいます。八万四千の法門と言いまして、たくさんの人々がいるから、そのひとりひとりに対してたくさんの教えがあります。たくさんの人々がいるから、それぞれを救うため、それぞれに対してたくさんの仏さまが現れてくださっているのです。 
 
六世紀頃、仏教の受け入れにはひと悶着ありましたが、信仰としてのみならず、その整理された教義が学問としても重用され、次第に定着していきました。既存の神社とはどのように折り合いをつけたかと言えば、そここそ知恵の出しどころであったのです。日本の神さまが仏教を信仰するという設定で、神社と寺院が併存することが可能となりました。そしてさらに一歩進めて、そもそも神さまという存在は、仏さまが日本人のためにその姿を借りて現れ出てくださった存在なのだという、いわゆる本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)により、ほぼ同体となっていきました。 
 
これとは逆に、神さまこそが、仏さまの姿となり仏教を説かれたのだという、見方を逆にした考えも出てきましが、いずれにしても神さまと仏さまは合わさりまして、これを神仏習合(しんぶつしゅうごう)と言います。明治時代になって、明治政府は強制的に神社と寺院を分けましたが、今でも神社と寺院が隣同士にあるところもあります。元来、神社と寺院は別々の宗教ではありますが、こうした知恵によって、宗教同士が衝突することなく、仲良く併存することが可能となっていったのです。とても素晴らしい考え方だと思います。 
 
神道と仏教は、ともに唯一神を信仰する一神教ではないから習合が可能なのだと思われるかもしれませんが、一神教であっても、互いに認め合うことは不可能なことではありません。宗教はあくまでも人の営みです。人が正しく善く生きるためにあるのが宗教です。宗教同士で争いごとなんて、こんな馬鹿げたことはありません。大切なのは衝突を避けるための知恵です。知恵を出さず、暴力によって相手を駆逐するというのは、これはもう人の所業だとは言えないはずです。心地良く生きるためにも、互いを認め合う知恵を出したいものです。 

 
 
『宗の教え~生き抜くために~』 
 
宗教という言葉は英語のreligionの訳語として定着していますが、言葉では表し切れない真理である「宗」を伝える「教え」という意味で、もとは仏教に由来しています。言葉は事柄を伝えるために便利ではありますが、あくまでも概念なのでその事柄をすべて伝え切ることは出来ません。自分の気持ちを相手に伝えるときも、言葉だけではなく身振り手振りを交えるのはそのためでしょう。それでもちゃんと伝わっているのか、やはり心もとないところもあります。ましてやこの世の真理となりますと、多くの先師たちが表現に苦労をしてきました。仏教では経論は言うまでもなく大事なのですが、経論であっても言葉で表現されています。その字義だけを受け取ってみましても、それで真理をすべて会得したことにはなりません。とは言いましても、言葉が真理の入口になっていることは確かです。言葉によって導かれていくと言っても良いでしょう。本コラムにおきましては、仏教を中心に様々な宗教の言葉にいざなわれ、この世を生き抜くためのヒントを得ていきたいと思います。
 
 

善福寺 住職 伊東 昌彦

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