宗の教え005 他力本願で充実度アップ

他力本願と聞きますと、「他人まかせ」という意味合いが脳裏に浮かぶ方も多いかもしれません。しかしそれは派生的・二次的な意味合いで、本来は正真正銘の仏教用語です。仏さま(多くは阿弥陀如来)の本願力(ほんがんりき)によって、自分自身も成仏することを意味します。一般的な国語辞典においても、仏教用語としての説明が先にあると思います。もしそうでないならば、その辞典は学術的に問題ありですので使用しないほうが良いでしょう。 
 
さて、成仏とは読んで字のごとく仏と成ることですが、一般的なイメージと違って必ずしも死を意味するわけではありません。仏のさとりを得ることが成仏であり、それは原理的に言いまして、生前に成されることもあれば、死後に成されることもあります。ただ生前に成仏する(=さとりを得る)ことは極めて難しいことなので、普通は死後でということになります。こうした現実から、成仏=死というイメージが広がったのだと思います。 
 
そして、他力というのは他人の力ではなく、自分自身の力である自力に対し、仏さまの本願力を指し示します。仏教の教えは私自身の問題解決を目指しますので、実はあまり他人に関心があるとは言えません。あくまでも私と仏さま、仏さまと私という「一対一」の関係が重視されるわけです。自力で成仏に至ることが出来れば良いのですが、そのためには心を清浄にして、執着心を完全に捨てないといけません。この執着心というのが厄介なのです。 
 
執着は色々な場面で存在します。すべての執着が即問題だと言うわけではありませんが、経済的な事柄、名誉的な事柄、他人より優位でありたいと思うことは執着です。すこしでも自分を良く見せようとする、それはつまり自己への執着だからです。究極的には自分の命に対しても執着しています。死にたくないという気持ちは生物として自然ですが、死を必要以上に恐れ忌避することは逆に自分を苦しめます。これは家族や友人を大切に思う気持ちであっても同じことが言えます。執着しすぎると相手を苦しめます。 
 
しかし、執着心を捨てることは難儀なことです。はっきり言いまして、捨てられない。それが執着心なのです。だからこそ執り着いて離れないわけなのですが、無理ならばもう諦めるしかありません。「諦める」というのは聞こえが悪いですが、決して放り投げるということではありません。仏教では「諦める」=あきらかにする、という意味なので、自分自身の問題点をあきらかにすること、言い換えれば、捨てられないという自分の愚かさに気づいていくことになります。 
 
気づきというものは、すべての宗教においてスタート地点になります。むしろ、それでもうゴールと言ってもいい。厳密に言えば仏さまによって気づかされているわけですが、あとのこともすべて仏さまにまかせてしまう。仏教において言えば、成仏までの道程をすべて仏さまにまかせ切るのが他力本願です。気づきがなければ人間的成長はありません。宗教の本当の存在意義は人間的成長の促進です。執着心を捨てられない自分であることに気づき、もがきながらも仏さまにまかせ、生きていきたいものです。 
 
最後に命について、永遠の命を欲しても手に入らないのは誰しも理解しています。永遠の命を得るため、自分自身を機械化するというアニメ映画がありました。しかし作中においても、結局のところそれが幸せであるという描写はなされません。生まれ老いて病になり死んでゆくのが人だからです。機械化するということは、まさに人をやめることでもあったのでしょう。命には限りがあるからこそ尊い。私もそう思います。
 
 
 
『宗の教え~生き抜くために~』 
 
宗教という言葉は英語のreligionの訳語として定着していますが、言葉では表し切れない真理である「宗」を伝える「教え」という意味で、もとは仏教に由来しています。言葉は事柄を伝えるために便利ではありますが、あくまでも概念なのでその事柄をすべて伝え切ることは出来ません。自分の気持ちを相手に伝えるときも、言葉だけではなく身振り手振りを交えるのはそのためでしょう。それでもちゃんと伝わっているのか、やはり心もとないところもあります。ましてやこの世の真理となりますと、多くの先師たちが表現に苦労をしてきました。仏教では経論は言うまでもなく大事なのですが、経論であっても言葉で表現されています。その字義だけを受け取ってみましても、それで真理をすべて会得したことにはなりません。とは言いましても、言葉が真理の入口になっていることは確かです。言葉によって導かれていくと言っても良いでしょう。本コラムにおきましては、仏教を中心に様々な宗教の言葉にいざなわれ、この世を生き抜くためのヒントを得ていきたいと思います。
 
 

善福寺 住職 伊東 昌彦

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