善光寺 寺院紹介

善福寺外観

  • 大慧山 善光寺は、文保元年(1317年)、麻布善福寺開基の了海上人の弟子、了遵上人の開基によるもので、親鸞聖人が東国下向において麻布善福寺を訪れた際、塔頭寺院として建立されたものです。明治時代にはアメリカ公使ハリスとも直接関わりがありましたが、第二次世界大戦の折には、徐々に戦火が激しくなると、やむなく山形県への疎開を余儀なくされ、阿弥陀仏像や掛け軸など、大切なものを除いてすべてを放棄いたしました。結果、東京大空襲によって本堂および庫裡がすべて焼き尽くされてしまい、終戦を迎え間もなくして疎開から戻ってまいりましたが、あたり一面は焼け野原で、おもわず目を疑ったと聞きます。近所に住んでいた門徒さん方も散り散りになってしまいました。その日食べるものもままならないような状況では、自分たちが雨風をしのぐ建物を確保するだけで精一杯でした。焼け跡から使えそうなトタンを調達してバラック小屋を建てました。
    その後、寺院としての活動が正常に行えるようになるまで3年が費やされました。今は当時の記憶がはっきりある人はだれもいなくなってしまいましたし、戦争があったことなど見る影もありません。そんななか、唯一境内の古い墓石には戦火の傷跡が残り、歴史を風化させないようしっかりと立ち続けています。
    現在の伽藍は1971(昭和46)年建造のものとなります。
  • 永代供養個人合葬墓「倶会一処」について

    善福寺外観

  • 浄土真宗所依の経典「仏説阿弥陀経」には、浄土という仏の国において必ずもう一度会う世界がある、と示されています。私たちは今生において誰もが様々な問題を抱えていますが、仏となることですべてのしがらみを超え、なつかしい人々と再び出会う場所に生まれることを願い、合葬墓「倶会一処」を作成いたしました。
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    懇志額

     
    永代使用料 骨壺納骨 布袋納骨
    大瓶 60万円 40万円
    小瓶 35万円 20万円

    ※ 骨壺納骨はご遺骨を骨壺に入れた状態で、また布袋納骨はご遺骨を布袋に入れた状態でお納めするものとなります。
    ※ 大瓶は全身のご遺骨をそのまま、小瓶は一部を骨壺もしくは布袋に入れお納めし、一部はその場で散骨する形となります。

    副住職紹介

    略歴

     

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  • 昭和49年 元麻布生まれ
    京都・中央仏教学院本科卒
    東海大学工学部卒
    一般企業のシステムエンジニアを経て僧侶となる。
    浄土真宗本願寺派布教使
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    布教使として

     
  • 布教では、たとえば日常でも聞いたことのあるような言葉こそ、おろそかにしないように心がけています。「仏」、「念仏」、「(極楽)浄土」、「煩悩」などは、誰もがどこかで何度となく聞いたことのある言葉ですが、その実体は分かりにくいものです。それらは基本的な言葉であるが故、いままで多く使われており、たくさんの人々の耳に入った言葉ということなのでしょう。しかし基本が分からなければ、そこで思考は停止してしまいます。私が中学生のとき、英語の極々基本が理解できず、そこからいまだに苦手であるように・・・。
    聞いて下さる皆さんと一緒に、私も改めて仏の話を聞かせていただく、その営みが「布教」であると思っています。仏の話の世界観は、一般社会には受け入れがたいものであるかもしれません。しかしそれは僧侶も含めた私たち人間が、目の前の出来事ばかりに目を向け、本当に考えなければいけないことをないがしろにしてきた結果でもあると思えます。目の前の出来事に精一杯なときにこそ、耳を傾けて欲しいと思っています。仏の教えとは今、ここに生きる自分自身のためにあるのですから。
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